【リアリストと霊】祈りは不要

リアリストと霊
祈りは不要

神様はいるとしても、なぜ人の願いを聞いてくれるのか。

世の中にはいろんな人がいます。

良い人や悪い人。
だが、いろんな価値感がある中でどういった基準で良し悪しを決めるのか。
ただの好き嫌いで良し悪しが決まっているのが大半だと思う。

奪うことや争うことを主にしてる人・人を思いやって迷惑な人。言い出せばきりがないですね。
そこでいろんな人の祈りや願いを神様は満遍なく聞いてくれるのか。

そんな都合のいいことは世の中起こらない。
そもそも神様はいない可能性だってある。

よく聞くのが「行いのいい人は叶いやすい」という言葉

私から見ると「この人(A)行いがいいね」と思う人(B)が協力・応援をし上手く行ったという結論

ようはBがAを助けたであって神様ではなく人が助けたのだということ

無法者(A)を気に入り無法者(B)が協力するといった構図も当然存在する。

社会では協力者が多ければ成功しやすいという結論です。

行いがいいから運がいい?

単純に確率論です。集束された数字が多ければ多いほど理論値に近づきます。
変な思い込みによって暴走しないことをおすすめします。


願いや祈りで叶ったのではなく、本人の努力・実力で叶ったもので本人の強い意志によるものです。

強い意志を持ち地道に積み上げたものに多くの人が共感して援助してくれることのほうが祈りより上まわる。

祈りなど不要。人知が及ばないことなら祈りに価値があることすらわからないはず。

霊能者(詐欺師)やお花畑の考えを重視するか功利主義者 リアリストの考えを重視するかはあなた次第

 

ではご機嫌よう

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